妻公正証書遺言があるのに、家族の間でもめることってあるの?
内容に納得できないときは、どうすればいいのかしら。



公正証書遺言でも、争いがゼロになるわけではありません。場面ごとに、使える手続を整理しますね。
公正証書遺言は、公証人が関わって作るので、書き方の不備で無効になる心配は小さい方式です。それでも、遺言の内容そのものに納得できない、という気持ちは、方式とは別の話です。
この記事では、裁判所の案内と民法の条文をもとに、「納得できないとき」「遺言を無視できるのか」「無効を主張したいとき」「遺留分を請求したいとき」の4つに分けて、使える手続を整理しました。遺言を書く側が、もめにくくするための備えも最後にまとめています。
最初に結論を言っておきます。
公正証書遺言があっても、遺留分の請求や、遺言の効力を争う手続は残っています。ただし、遺言執行者がいれば相続人は勝手に遺言の実行を妨げられず、期限のある手続もあります。個別の事情は、弁護士会や法テラスなど、専門の窓口にお尋ねください。
なお、この記事は一般的な制度の整理です。「あなたの場合はこうすべき」という個別の判断はしません。
もめる場面は3つ|それぞれ使う手続が違う


もめる場面は、「内容への不満」「遺言そのものの効力」「遺留分」の3つに分けると、使う手続が見えてきます。
場面ごとの手続の一覧
同じ「納得できない」でも、気持ちの中身によって、向かう先が変わります。
| 場面 | 主な争点 | 使える手続 | 出どころ |
|---|---|---|---|
| 内容に不満がある | 分け方が偏っている、など | 遺言執行者の有無の確認、遺留分の請求、相続人どうしの話し合い | 民法1013条、1046条 |
| 遺言を無視したい | 遺言と違う分け方にしたい | 全員の合意が前提と説明されることが多い。公的な案内では確認できず | ― |
| 遺言の効力を争う | 判断能力、方式、内容 | 家庭裁判所の調停、または訴訟(遺言無効確認) | 裁判所の案内 |
| 遺留分を侵害された | 最低限の取り分が足りない | 意思表示と、家庭裁判所の調停 | 民法1046条、裁判所の案内 |
(民法、裁判所の案内より)
遺言の有効・無効の考え方は、別の記事で説明しています。
あわせて読みたい:遺言書の効力はいつから?無効になる場合・有効期限・認知症・遺留分を民法の条文で整理
気持ちと制度は、別のものとして考える
「納得できない」という気持ちがあっても、遺言が有効なら、法律上は遺言に沿って手続が進みます。気持ちは、使える手続に翻訳して初めて、動かせます。
裁判所の説明書には、被相続人が特定の人に財産を渡す遺言があり、それが有効なものならば、その財産は遺産分割の対象から除外され、遺言の内容によっては遺産分割手続が不要になることがあると書かれています。
遺言が有効なら、その財産は「分け直す」のではなく、遺言どおりに進むのが原則です。変えたいときは、遺留分、効力を争う手続など、別の道を使います。



気持ちだけでは、遺言は変えられないのね。
使える手続を知ることが、最初の一歩なのね。



そうなんです。感情と制度を分けて考えると、落ち着いて選べますよ。
遺言は無視できる?|遺言と違う分け方にしたいとき
遺言の内容どおりに進めたくない場合、遺言執行者がいるかどうかと、遺言に書かれた財産かどうかで、できることが変わります。
遺言執行者がいるとき
遺言執行者がいる場合、相続人は、遺言の執行を妨げる行為をできません。
民法1013条は、遺言執行者がいる場合、相続人は、相続財産の処分その他、遺言の執行を妨げるべき行為をすることができないと定めています。これに違反した行為は無効となります。ただし、事情を知らない第三者には、この無効を主張できないとされています。
遺言執行者が決まっているかは、遺言書の記載で確かめます。遺言執行者については、別の記事で説明しています。
あわせて読みたい:遺言執行者とは?公正証書遺言での指定方法・なれる人・権限・いないときの選任を民法で整理
遺言に書かれていない財産
遺言に書かれていない財産は、相続人どうしの協議で分けます。
民法907条は、共同相続人は、いつでも、その協議で遺産の全部または一部の分割をすることができ、協議が調わないときは、家庭裁判所に分割を請求できると定めています。遺言で分け方が決まっている財産は、この対象になりません。
全員の合意で、遺言と違う分け方にできるか
遺言と違う分け方については、民間の解説で「相続人全員の合意があればできる」と紹介されることが多いのですが、今回確かめた法務省や裁判所の案内では、この点を確かめられませんでした。
遺言の内容が、特定の相続人や、相続人以外の人に財産を渡すものであれば、その人たちの意思も関わります。遺言執行者がいるときは、執行者の立場も関わります。税金の扱いも変わる可能性があります。
| 関係する人 | 確かめること |
|---|---|
| 相続人全員 | 全員が合意するか |
| 遺言で財産を受け取る人 | 合意するか。相続人以外の人が含まれる場合も |
| 遺言執行者 | いる場合、手続に関わるか |
| 税金 | 税理士にお尋ねする(遺言どおりの場合と扱いが変わる可能性) |
(民法の定めの考え方をもとに、当サイトで整理)
「遺言と違う分け方をしたい」ときは、自分たちだけで決めずに、先に弁護士会などの窓口で相談しておく方が安心です。
遺留分を請求するとき|意思表示と家庭裁判所の調停
遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人に認められた最低限の取り分で、請求するには、決まった手順と期限があります。
請求の基本|金銭の支払を求める
遺留分を侵害された人は、遺言で財産を受け取った人などに、侵害額に相当する金銭の支払を請求できます。
民法1046条は、遺留分権利者などが、受遺者または受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できると定めています。割合の計算の仕方や、どの財産が対象かは、別の記事で説明しています。
あわせて読みたい:遺言書と遺留分|割合・兄弟姉妹にない理由・一人に全財産を渡すときの注意を民法で整理
請求の期限
遺留分侵害額の請求権は、短い期限で消滅します。
| 期限 | 起算点 | 出どころ |
|---|---|---|
| 1年 | 相続の開始と、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った時から | 民法1048条 |
| 10年 | 相続の開始の時から | 民法1048条 |
(民法1048条より)
どちらかの期間が過ぎると、時効によって、請求できなくなります。「いつ知ったか」が起算点になるので、日付の記録を残しておくことが大切です。
家庭裁判所の調停を使うときの流れ
話し合いがまとまらない、または話し合いができないときは、家庭裁判所の調停を使えます。
| 項目 | 内容(裁判所の案内より) |
|---|---|
| 申立てができる人 | 遺留分を侵害された相続人(兄弟姉妹は除く)と、その承継人 |
| 申立先 | 相手方の住所地の家庭裁判所、または当事者が合意で定める家庭裁判所 |
| 費用 | 収入印紙1,200円分と、連絡用の郵便切手(裁判所ごとに額が違う) |
| 主な書類 | 申立書、被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍謄本、遺言書の写し、遺産に関する証明書(不動産登記事項証明書、預貯金の通帳の写しなど) |
(裁判所「遺留分侵害額の請求調停」の案内より)
調停では、裁判所が双方から事情を聴き、必要に応じて資料を確認しながら、解決案や助言を示して、話し合いを進めます。
調停を申し立てるだけでは、意思表示にならない
裁判所の案内には、家庭裁判所に調停を申し立てただけでは、相手方への意思表示にならないと書かれています。
遺留分の権利を行使する意思表示は、内容証明郵便などで別に行う必要があります。意思表示をしないまま、1年または10年が過ぎれば、請求権は時効で消滅します。
| やること | ひとこと |
|---|---|
| 意思表示 | 内容証明郵便などで、遺留分を請求する意思を、相手に伝える |
| 調停の申立て | 話し合いがまとまらないときに、家庭裁判所へ |
(裁判所の案内より)
令和元年7月1日より前に亡くなった方の場合は、この調停は使えず、改正前の民法に基づく別の調停になると、裁判所は案内しています。
遺留分は、「調停を申し立てれば安心」ではありません。意思表示と期限が、別の問題として残ります。



調停だけでなく、相手に伝える手続も必要なのね。
期限もあるから、早めに調べたいわ。



はい。ただ、手続の選び方は事情で変わるので、弁護士会などの窓口で確かめるのが安心です。
遺言そのものを争うとき|遺言の効力に疑問がある場合
遺言の効力に疑問があるときは、遺産分割とは別の手続を、裁判所は案内しています。
裁判所の案内
裁判所の遺産分割手続の説明書には、遺言書の効力に疑問を持つ人には、遺言無効確認などの調停の申立てや、訴訟の提起を検討してもらうことになると書かれています。
遺産分割の調停は、遺言で財産の取得者が決まっているものを、あとから分け直す手続ではありません。遺言が有効なのかどうかは、別の手続で決まります。
争いになりやすい点
遺言の効力が争われるときに、論点になる点を、条文で並べます。
| 論点 | 条文 | ひとこと |
|---|---|---|
| 遺言をする時に、その能力があったか | 民法963条 | 遺言者は、遺言をする時にその能力を有しなければならない |
| 方式に従っているか | 民法960条 | 方式に従わなければ、遺言はできない |
| 公正証書の方式 | 民法969条 | 証人2人以上の立会いと、遺言の趣旨を公証人に口授すること |
(民法より)
公正証書遺言は、公証人が関わって作るので、方式の不備が起きにくい方式です。日本公証人連合会も、公証人が遺言者の真意を確認して作ると説明しています。
一方で、「公正証書遺言だから争いにならない」と言い切れる案内は、確認できませんでした。認知症と遺言能力の考え方は、別の記事にまとめています。
診断名だけで、遺言が無効になるかどうかが決まるわけではありません。争うかどうかは、弁護士にご相談ください。
相続放棄・承認の期限との関係
遺言の内容に不満があっても、相続の承認や放棄の期限は、別に進みます。
3か月の期限
民法915条は、相続人は、自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、承認または放棄をしなければならないと定めています。家庭裁判所で、期間を延ばせる場合があります。
相続放棄をした人は、初めから相続人にならなかったものとみなされます。相続放棄と、遺留分の請求は、別の制度です。どちらを選ぶかで結果が変わるので、期限が来る前に、弁護士会などの窓口で確かめてください。
期限をまとめて見る
遺言をめぐる手続には、起算点の違う期限が、いくつか並びます。
| 手続 | 期限 | 出どころ |
|---|---|---|
| 相続の承認・放棄 | 相続の開始を知った時から3か月以内 | 民法915条 |
| 遺留分侵害額の請求 | 知った時から1年、相続開始から10年 | 民法1048条 |
| 相続登記(不動産を取得した場合) | 取得を知った日から3年以内 | 法務省の案内 |
| 相続税の申告 | 相続の開始を知った日の翌日から10か月以内 | 日本税理士会連合会の案内 |
(民法、法務省、日本税理士会連合会の案内より)
公正証書遺言の亡くなったあとの手続は、別の記事で説明しています。
あわせて読みたい:公正証書遺言の作成者が亡くなったら?遺言検索・謄本・検認不要・銀行や登記の手続を順番に整理
相談先|いつ、誰に聞くか


手続を選ぶ前に、公的な窓口で話を聞いてから、必要なら弁護士に頼むのが、順番としては安心です。
窓口の比較
相談先ごとに、費用と条件が違います。
| 窓口 | 費用と条件(公式の案内より) |
|---|---|
| 法テラスの無料法律相談 | 収入や資産が一定の基準以下の人が対象。1回30分、同じ問題につき3回まで。原則予約制 |
| 弁護士会の法律相談 | 多くの会で30分5,500円(税込)。無料の会や、無料の回数がある会もある。予約制が多い |
| 家庭裁判所 | 調停の申立書の書式や、手続の案内がある。遺留分の調停は収入印紙1,200円分 |
| 司法書士会の相談窓口 | 遺言の相談。予約が必要 |
(法テラス、日本弁護士連合会、裁判所、日本司法書士会連合会の案内より)
日本弁護士連合会は、遺言を作れば安心というわけでもないとして、書類の作成だけでなく、親族間の紛争の解決の観点からも相談に応じられると説明しています。税金のことは、税理士にお尋ねください。
期限が気になるときは、まず期限だけでも、窓口に確かめておきます。相談は、早いほど選べる手続が増えます。
遺言を書く側ができること|もめにくくする4つの考え方
遺言を書く側にできるのは、争いをゼロにすることではなく、もめる理由を減らす工夫です。
4つの工夫
公正証書遺言を作る前に、考えておくとよい点を、4つに分けます。
| 工夫 | ひとこと | 参考にする記事 |
|---|---|---|
| 公証役場で、事前に相談する | 相談は無料。公証人は、内容について助言する | 公正証書遺言 |
| 遺留分に配慮して分け方を決める | 遺留分を侵害すると、請求される可能性がある | 遺言書 遺留分 |
| 付言事項で、気持ちを残す | なぜその分け方にしたのかを書く。受け取る側の判断は自由 | 遺言書 遺留分 |
| 遺言執行者を指定する | 手続の窓口が決まり、相続人の手間が減る | 遺言書 執行者 |
(日本公証人連合会、民法の考え方をもとに、当サイトで整理)
あわせて読みたい:公正証書遺言とは?作り方の流れ・証人・必要書類・費用を日本公証人連合会の案内で整理
財産の書き漏らしにも備えておくと、遺言に書かれていない財産で、あとから話し合いが必要になる場面を減らせます。
遺言は、内容を決めるだけでなく、「なぜそう決めたか」まで残すと、受け取る側が受け止めやすくなります。



もめる場面を知っておくと、遺言を書くときに、何に気をつければよいかが見えてきます。まずは、公証役場で話を聞いてみませんか。



そうね。遺留分のことも含めて、家族のことをよく考えてみるわ。
よくある質問
- 公正証書遺言は、無視できますか?
-
遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為をできません(民法1013条)。遺言と違う分け方については、民間の解説で、関係者全員の合意が前提と紹介されることが多いのですが、法務省や裁判所の案内では確かめられませんでした。まず弁護士会などの窓口でお尋ねください。
- 公正証書遺言の内容に納得いかないとき、どうすればいいですか?
-
使える手続は、遺留分の請求や、遺言の効力を争う手続などです。遺言が有効なら、遺言で決まった財産は、原則として遺言どおりに進みます。納得できない理由が、最低限の取り分の問題なのか、遺言の効力の問題なのかを分けて、窓口で相談します。
- 公正証書遺言でも、遺留分を請求できますか?
-
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できます(民法1046条)。期限は、知った時から1年、相続開始から10年です。調停を申し立てるだけでは、相手への意思表示にならないので、内容証明郵便などで別に伝える必要があります。
- 遺留分の請求の時効は何年ですか?
-
遺留分侵害額の請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った時から1年、相続開始の時から10年が過ぎると、時効によって消滅します(民法1048条)。
- 公正証書遺言が無効になるのは、どんなときですか?
-
裁判所の案内では、遺言の効力に疑問があるときは、遺言無効確認などの調停の申立てや訴訟を検討してもらうとされています。論点になるのは、遺言をする時の能力(民法963条)や方式などです。診断名だけで決まるものではないので、弁護士にご相談ください。
まとめ


- 公正証書遺言でも、内容への不満、遺言の効力、遺留分の3つの場面で、もめることがある
- 遺言が有効なら、遺言で決まった財産は遺言どおりに進むのが原則。遺言執行者がいれば、相続人は執行を妨げられない
- 遺留分は、意思表示と家庭裁判所の調停。期限は1年と10年。調停を申し立てるだけでは意思表示にならない
- 遺言の効力に疑問があるときは、遺言無効確認などの調停や訴訟を、裁判所は案内している
- 承認・放棄の3か月など、別の期限も進む。まず窓口で期限を確かめる



もめるときの手続を知っておくことは、争うためではなく、落ち着いて選ぶための備えです。迷ったら、法テラスや弁護士会の窓口を使ってみましょう。



そうね。気持ちが落ち着かないときは、まず窓口で話を聞いてもらうわ。




